
東京競馬場の長い直線で、最後方から大外をぶん回して差し切ったあの瞬間──50代の自営業オヤジは、テレビの前で息を呑んだ。北海道の現場帰り、缶コーヒー片手にレース映像を見直して、思わず独り言が出た。
「これ、オルフェーヴルそのまんまじゃねえか」
気性の荒さは、紛れもなく「父譲り」
ジュウリョクピエロの走りを見ていると、ただスタミナがあるとか、末脚が切れるとか、そういう優等生的な表現では収まらない「ギラついた何か」がある。
パドックでの首の使い方、レース中の頭の上げ下げ、最後方から動き出すタイミングの強引さ──あれは間違いなく、父オルフェーヴルが現役時代に見せていたあの気の荒さだ。阪神大賞典で逸走しかけて勝った2012年の伝説のレース、覚えている人も多いだろう。普通の馬なら終わっている場面で、暴れながら勝ち切る。あれが「血」というやつだ。
オルフェーヴル産駒の中でも、ここまで父の気性をストレートに引き継いだ牝馬は珍しい。ラッキーライラックは穏やかな優等生タイプ、マルシュロレーヌは芯の強い職人気質、ウシュバテソーロはダート転向で開花した遅咲き組。ジュウリョクピエロだけは、気質の方向まで含めて父の写し鏡に見える。
父が届かなかった「あの場所」──ロンシャンの2着2着
ここから先は、自営業オヤジの勝手な夢の話だ。
オルフェーヴルは2012年と2013年、フランスの凱旋門賞で2年連続2着に沈んだ。あの2012年、最後の直線で先頭に立ちながら、ソレミアにわずかに差されたシーン。テレビの前で叫んだ日本の競馬ファンは、数百万人いたと思う。日本馬が世界の頂点まで、あと一完歩というところで届かなかった、あの瞬間。
13年もそうだ。トレヴという怪物牝馬に5馬身差をつけられたが、それでも2着は譲らなかった。
「凱旋門賞、日本馬にはこの壁があるのか」と、誰もが胸に焼き付けたレース。
あれから10年以上、ディープインパクト産駒、キタサンブラック産駒、いろんな血統が挑んで、まだ日本馬は凱旋門賞を勝てていない。
ジュウリョクピエロに託したい「父の宿題」
凱旋門賞・ロンシャン芝2400m。
重い洋芝、タフな馬場、長い直線。
考えてみてほしい。オルフェーヴル産駒の特徴は何だった?
スタミナ、パワー、道悪適性、長距離耐久力。
これ、まんま凱旋門賞のコース要求と一致するんだ。
オルフェーヴル自身があと一歩で勝てなかったあの舞台は、産駒にとってはむしろ「父より得意かもしれない条件」だ。日本の高速馬場でラップを刻む走りより、重い芝でゴリゴリ削るような走りのほうが、この血統には合う。
ジュウリョクピエロは、まさにそれをオークスで証明した。2:25.6というタイムは2025年カムニャックの2:25.7と並ぶ水準だが、内容は最後方から差し切るという、欧州型のレース運び。これ、ロンシャンで通用するパターンなんだ。
もちろん、現実的なハードルはある
調子に乗って夢を語ったが、現役の自営業者として現実も見ておきたい。
牝馬の海外遠征は体調管理が難しい。輸送ストレスで本来の力を出せず終わる例は、過去にもいくつもあった。秋華賞からの直行か、いったん間を置くか、ローテーション設計だけで一冊本が書けるくらい難しい。寺島良厩舎と今村聖奈騎手のコンビが、そこにどう向き合うか。
それに、フランス側の検疫・薬物規制ルールは年々厳格化している。日本では問題ない投薬が向こうでアウトになるケースもある。スタッフ全員の調整が必要だ。
それでも、見たいんだよ
50代になると、夢を語る回数が減る。現場では予算と工期と部材の話ばかり。
だからこそ、こういう「もしかしたら」を語れる存在が、たまには欲しい。
オルフェーヴルが届かなかった凱旋門賞の表彰台の一番高いところに、ジュウリョクピエロが立つ。今村聖奈騎手がフランスの空の下でガッツポーズをする。日本の競馬史が動く。北海道の現場帰りのオヤジが、テレビの前で涙ぐむ。
そういう光景を、もう一度見たい。
父の宿題を、娘が片付ける。
血統のロマンって、そういうもんだろう。
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